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広島地方裁判所 平成8年(行ウ)5号 判決

原告

福島喜六

右訴訟代理人弁護士

中井克洋

小笠原正景

被告

惠木慧

右訴訟代理人弁護士

原伸太郎

主文

一  被告は、広島県豊田郡本郷町に対し、金一八四万一六〇〇円及びこれに対する平成八年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言免脱

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、広島県豊田郡本郷町(以下、「本郷町」という。)の住民であり、被告は、平成五年一〇月一八日から現在まで引き続き本郷町の町長の地位にあるものである。

2  本件報償費の支出

被告は、平成七年一二月二七日、退職する本郷町職員である訴外甲野太郎に対し、報償費の名目で、金一八四万一六〇〇円の支出命令を発し、これに基づき、同月二八日右金額が支出された(以下、「本件支出」という。)。

3  本件支出の違法性

(一) 本件支出権限の不存在

(1) 本郷町は、昭和三五年四月一八日、広島県下の市町村及び一部事務組合とともに、広島県市町村職員退職手当組合規約(甲四、以下、「退職手当組合規約」という。)を設け、右市町村及び一部事務組合の職員に対する退職手当の支給に関する事務を共同処理する目的で、広島県市町村職員退職手当組合(以下、「退職手当組合」という。)を組織した(地方自治法二八四条一項、退職手当組合規約三条)。

右組合は、広島県知事の許可を得て設立され、退職手当組合参加の市町村及び一部事務組合の職員の退職手当に関する事務処理の権能を当該市町村及び一部事務組合から承継し、同月二一日、広島県市町村職員退職手当組合退職手当支給条例を制定した(甲三、以下、「退職手当支給条例」という。)。右条例は、長期勤続後の退職者のうち、勧奨による退職者に対する優遇措置や定年前の早期退職者に対する特例等を設ける等退職手当に関して遺漏なく定めている。

したがって、本郷町は、遅くとも右条例制定日以降は、退職手当組合によって共同処理される退職手当に関する事項について、その権能を失った。

(2) それにもかかわらず、本郷町は、退職する本郷町職員に対し、退職手当組合からの退職手当とは別に、平成三年四月一日に公布された「本郷町職員退職者優遇措置要綱」(乙1、以下、「優遇措置要綱」という。)に基づき、「報償費」の名目ではあるものの、実質的には退職手当というべき金員を支給している。

したがって、優遇措置要綱に基づく本件支出は、本郷町が権限なく行ったものであり、違法である。

(二) 地方自治法二〇四条の二違反

(1) 報償費は、同条にいう「給与その他の給付」にあたるところ、本件支出の根拠である「定年制実施に関する協定書」(乙三、昭和六〇年三月三〇日に本郷町町長、本郷町教育長及び自治労本郷町職員労働組合執行委員長との間で締結、以下、「協定書」という。)あるいは優遇措置要綱は、法律あるいは条例のいずれにも当たらないから、本件支出は、地方自治法二〇四条の二、地方公務員法二五条一項に反する支出であり、いわゆる「やみ手当」というべきものである。

(2) 本件支出は、平成七年度本郷町一般会計補正予算の歳出二款二項一目八節区分「報償費」として予算に計上されていた経費を、実質的には、退職手当として支出したのであるから、本件支出は、予算上の根拠を欠く。

4  被告の故意または過失

被告は、本件支出が前記のとおり(3)違法であることを認識し、又は認識し得たにもかかわらず、故意または過失に基づいて、本件支出について支出命令を発したものである。

5  損害

本郷町は、本件支出により、金一八四万一六〇〇円の損害を被った。

6  監査請求

原告は、平成八年一月一二日、本郷町監査委員に対し、本件支出について、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求をしたが、同年二月二三日、右請求は理由がない旨の監査結果の通知を受けとった。

7  よって、原告は、本郷町に代位して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金一八四万一六〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、本件支出が協定書または優遇措置要綱を根拠になされたことは認め、その余は争う。

3  同4、5は争う。

4  同6は認める。

5  同7は争う。

三  被告の主張

1  報償費支給権限について

本郷町は、退職手当等の支給の権限を固有の権限として有しているから、退職手当組合を組織していたとしても、あるいは、地方自治法二八四条一項及び退職手当組合規約三条の規定にかかわらず、退職手当の支給の権限を失わない。

また、報奨費は、職員の退職を条件に支給されるものの、高年齢者及び永年勤続者に対して優遇退職の機会を与え後進の登用を促すことを目的としており、慰労金として、政策的に支給されるものであり、給与後払い的性格を有する退職金とは異なるから、本郷町は、退職手当の支給権限の有無にかかわらず、報償費を支給する権限を有している。

しかも、その支払経過(支払期間、支払人数、支払額)からみて、本郷町の予算からするならば極めて僅かな金額であり、殊更その違法性を今更取り上げるまでもない。

2  報償費支給の適法性

(一) 報償費支給の目的

報償費が支給される目的は、本郷町職員の定年等に関する条例(昭和六〇年条例第三号、乙四)の実施に伴い、本郷町の職員で高年齢者及び永年勤続者に対し、優遇退職の機会を与え、もって後進の登用の道を開き、本郷町の職員構成の組織としての効率化、適正化を図る点にあり、何ら不当な点はない。

(二) 報償費支給の根拠

(1) 地方公務員の場合、給与その他の給付については条例の根拠が必要とされている(給与条例主義、地方自治法二〇四条の二)。

しかし、給与条例主義にも例外が認められる(一定の条件を満たせば、例外的に、条例に直接規定のない給与等の支給が適法になる場合として奈良地方裁判所昭和五七年三月三一日判決・行政事件裁判例集三三巻四号七八五頁)。

また、最高裁判所判決も、実質的に支給が社会通念上儀礼の範囲内にとどまるような場合にまで、その支給を禁止するものではないとして、給与条例主義の例外があることを認めており(最高裁判所昭和三八年(オ)第四九号、昭和三九年七月一四日第三小法廷判決・民集一八巻六号一一三三頁参照)、これを右の場合に限定する必要はなく、例示列挙であると解すれば、報償費の支給は適法であるということができる。

(2) 本件の場合、本郷町職員の定年等に関する条例(乙四)六条が「町長は職員の定年に関する事務の適正な運営を確保するため、職員の定年に関する制度の実施に関する施策を調査研究し、その権限に属する事務について適切なる方策を講ずるものとする。」と規定しており、右規定から報償費の支給は適法であると考えられる。

(3) さらに、報償費は、以下の経緯で支出されるに至ったのであり、その経緯に鑑みれば、報償費の支給は適法であると考えられる。

報償費という名目での支出は、定年制導入前の昭和四〇年代に停滞していた人事の刷新(職員の若年化)のため、退職者を優遇する措置としてなされたものであり、当初は本郷町町長と職員組合の委員長との間で合意された「本郷町職員の退職に関する協約」(乙二、以下、「協約」という。)に基づいてなされていた。

その後、地方公務員についても定年制が導入されたことから、昭和六〇年三月三〇日、本郷町町長、同町教育長及び同町職員労働組合執行委員長との間で、改めて協定書が合意された。協定書四条では五六歳までに退職する者に対しては本俸の四か月分を、五八歳までに退職する者に対しては本俸の二か月分をそれぞれ特別手当として支給することとされていた。

右協定書の内容は、優遇措置要綱に引き継がれており、その制定にあたっては、本郷町町議会(以下、「町議会」という。)の意見が十分に反映されている。すなわち、優遇措置要綱は、平成二年四月一九日に開催された本郷町臨時町議会(以下、「臨時町議会」という。)において、本件と同様に報償費支給に関する議案が提出、議決された際、「報償費とは何に対するものか。」「退職手当特別負担金についての具体的な説明」「条例と協定書」「勧奨退職扱いによる優遇措置」等について具体的に議論され、「今後、予算を伴うこのような問題については、町議会議員と事前に相談して、了解ができた時点で初めて予算化して出す。」という条件で予算が議決され、制定された。

したがって、優遇措置要綱は、実質的には条例と同等の効力を有するものと解することができる。

そして、本件支出は、平成七年一二月一三日に開会された町議会において、平成七年度本郷町一般会計補正予算(七号)として提出され、同議会の議決を経てなされたものである。

3  被告の故意または重過失の不存在

本件においては、原告の主張は地方自治法二四二条の二第一項四号に基づくものであるところ、その実体法上の根拠規定は、同法二四三条の二第一項後段であり、原告の本訴請求の要件として、被告の故意または重過失が必要である。

そして、被告は、平成五年一〇月一八日に本郷町町長に就任し、本件支出がなされた時点で二年余りしか経っていないこと、報償費の支給のうち、証拠上判明しているものは昭和五六年三月以降のものであり、本件支出まで一五名の者が報償費の支給を受けていること、被告が関与している平成六年分(二件)及び本件支出の合計三件のみであること、平成二年の町議会において、本件支出と同様の報償費の支給につき、制度的な当否等の審議が行われたことがあったものの、その争点は自己都合退職の場合における報償費支給の当否及び町議会の関与なく合意された協定等に基づく支給につき、町議会にいきなり提出するという手続の当否であり、条例に規定しないで支出することは問題にされなかったこと、町長交代の際に事務引継がなかったこと、各所管の職員から、本件の報償費について報告を受けたことはなかったこと等の事情からすれば、被告が本件の報償費について調査、研究せず、給与条例主義に違反するという認識をもたなかったことについて、少なくとも重過失はない。

四  被告の主張に対する原告の認否・反論

(認否)

1 被告の主張1、2(一)は争う。

2 同2(二)のうち、協定書及び優遇措置要綱の成立過程は認め、その余は争う。

前記奈良地方裁判所判決は地方公共団体の長のなす専決処分に関するものであって、本件とは事案を異にするものである。また、本郷町職員の定年等に関する条例(乙四)は、退職手当組合設立後に成立したものであり、退職手当に関する事項を規定し得ないのであるから、右条例六条を根拠とみることはできない。

3 同3は争う。

(反論)

1 報償費支出権限について

(一) 地方自治法二八四条一項により、一部事務組合が設立されれば、当該事務は、一部事務組合を構成する地方公共団体から一部事務組合へ移行することとなり、右事務は、一部事務組合に承継され、右組合を構成する地方公共団体の権限からは除外されると解されており、退職手当組合が設立されたにもかかわらず、いまだ本郷町に退職手当等につき上乗せ支給する権限があるというのは、被告独自の見解である。

(二) 退職金は、給与の後払い的性格のみではなく、功績報奨的側面、慰労的側面、老後保障的側面を有することは否定できず(退職手当支給条例五条の二が、定年前早期退職者に対する退職手当に関する特例を定めており、優遇退職の機会を与えて後進の登用を容易にする政策的措置をとっていることからも、右条例によって支給される退職金が、複数の性格を併せもつことが窺える。)、報償費は慰労金で退職金は給与後払い金であるとして、全く別個のものであるということはできず、むしろ、報償費は、実質的には退職手当というべきである。

2 退職金支給の実態について

退職手当組合を構成する市町村における職員への退職金の支給は、支給条例(甲三)三条ないし五条に基づいて、退職時の月例給与にそれぞれの要件(普通退職、勧奨退職、整理退職)に応じた金額が支給される。

しかし、本郷町においては、退職者が普通退職の場合であっても、特別優遇措置として特別昇給扱いさせて基本月額を上昇させたうえ(協定書四条(1)、(2)、同五条、優遇措置要綱五条一項、二項)、一律に整理退職扱いにすることによって(協定書四条(3)、優遇措置要綱六条)、かなりの金額の退職金を上乗せして支給している。その際、整理退職事由は実際には存在しないにもかかわらず、町長は、退職手当組合に対して、整理退職事由があるとの虚偽の報告をし、整理退職を前提とする退職手当の支給手続をとらせていた。右上乗せ分は本郷町が退職手当組合に対して退職手当特別負担金として支出することとなっている(乙五の一一頁、一目一九節「退職手当特別負担金」)。

このような公金のお手盛りは、右のとおり協定書及び優遇措置要綱に定められているものの、町議会や本郷町の住民に対して何ら知らされないままなされており、極めて問題である。

3 被告の故意または重過失について

(一) 普通地方公共団体に対するその長の損害賠償責任については、地方自治法二四三条の二の適用はないとされている(最高裁判所昭和五八年(行ツ)第一三二号、昭和六一年二月二七日第一小法廷判決・民集四〇巻一号八八頁)から、被告に故意または重過失が要件であることを前提とする被告の前記主張は失当である。

すなわち、普通地方公共団体の長は、議会における予算の議決がなされた場合でも、一定の場合(同法一七六条一項、四項、同法一七七条一項等)には、再議に付すことができ、また、議会が議決すべき事件を議決しないときには、その事件を議会の議決を経ないで処分する権限があり(同法一七九条)、予算もその例外ではなく、さらに、予算の執行計画の策定及び歳出予算の配当をすべて行うこととされている(同法二二〇条一項、同法施行令一五〇条一項)から、地方公共団体の長には、右権限に見合う高度の注意義務が課されているから、被告は、故意または過失が認められればその責を免れることはできないところ、被告主張の前記事実関係(三3)によっても、被告には過失が十分認められるといえる。

したがって、被告主張の前記事実関係(三3)は、被告の責任を否定するものではない。

(二) なお、被告は、重過失を否定する事実関係として、平成二年に町議会において報償費について問題になった際、当時の町議会議長が今回だけは特別の措置として議会で決議することとし、以後このようなことがあればその都度議会で了承する等の措置を行うこととして議決が通り、給与条例主義の点について問題にならなかったこと等主張するが、町議会議長の右処置自体が問題であり、また、その後は町議会に対する説明すらなされなかったこと、被告は、本郷町町長就任前は司法書士であり、法律の専門家であることからすれば、給与条例主義に反する公金支出につき監督する高度の注意義務が課されており、また、予見可能性も十分有しているから、重過失が認められ、いずれにしてもその責任を免れることはできない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  争いのない事実

1  請求原因1の事実(当事者)、同2の事実(本件支出がなされたこと)及び同6の事実(監査請求)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件支出の違法性

1  事実関係

証拠(甲二ないし四、乙一ないし六、証人中山光生)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  退職手当組合は、組合を組織する市町村の職員に対する退職手当の支給に関する事務を共同処理することを目的として、昭和三五年四月一八日、退職手当組合規約を定め、広島県知事の許可を得て設立された。本郷町は、これに先立ち、同年三月二二日、退職手当組合に加入する旨町議会で可決した。

(二)  退職手当組合は、同年四月二一日、退職手当の支給に関して必要な支給要件、支給基準(普通退職の場合、長期勤続者の退職の場合及び整理退職等の場合のそれぞれに応じて異なる。)、支給制限等について、詳細に定めた退職手当支給条例を制定した(その後、必要に応じて随時改正されている。)。

(三)  本郷町職員は、定年制が導入される以前には、高齢者が多く、その事務の非効率性が問題であったため、停滞していた人事の刷新(職員の若年化)を図る目的で、昭和五三年一一月一日、本郷町町長と同町職員組合執行委員長との間で、早期退職者に対する退職の際の特別昇給、特別手当の支給等につき協約が合意された(別表の「協約」欄記載のとおり)。

(四)  本郷町は、右協約に基づき、少なくとも七名の本郷町職員(本郷町保管の記録による昭和五六年三月以降の退職者)に対して、その退職の際に、特別手当(予算上の区分は「報償費」)を支出した(右七名に対する特別手当は合計金七七二万八〇〇〇円である。)。

(五)  その後、昭和六〇年三月三一日に本郷町職員の定年等に関する条例の施行により定年制が導入されることとなったため、これに先立ち、同月三〇日、本郷町町長、同町教員委員会教育長及び同町職員労働組合執行委員長との間で、定年退職者も含めた退職の際の特別昇給、勧奨退職者に対する特別昇給、特別手当の支給等について、別表の「協定書」欄記載のとおりの協定が成立した。

(六)  本郷町は、協定書に基づき、四名の本郷町職員に対して、その退職の際に、合計金四四六万四四〇〇円の特別手当(予算上の区分は「報償費」)を支出した。

(七)  平成二年四月一九日に開催された臨時町議会において、協定書に基づく特別手当の支出について問題となり、「報償費」なるものの支給目的、退職手当特別負担金の具体的内容、条例と協定書の関係及び勧奨退職扱いによる優遇措置について質疑応答がなされた結果、今後一切の予算を伴う問題については、町議員と事前に相談し、双方了解のうえで予算化して町議会に提出するということになったが、右議会以降は、この問題が特に検討されることはなかった。

(八)  本郷町町長は、臨時町議会を受けて、協定書に代わるものとして、ほぼ同内容の優遇措置要綱を定め(別表の「優遇措置要綱」欄記載のとおり)、平成三年四月一日、これを公布した。

(九)  優遇措置要綱に基づき、本件支出の対象者(甲野太郎)を含めた四名の職員に対して、その退職の際に、合計金六〇六万二六〇〇円の特別手当(予算上の区分は「報償費」)が支出された。

2 原告は、本郷町は退職手当組合の設立により退職手当に関する権能を失ったにもかかわらず、実質的には退職手当と同一であるものを、「報償費」として、本件支出を行ったのであるから、本件支出は、本郷町の権限外の支出であり違法である旨主張するので、この点について判断する。

(一) 地方自治法二八四条二項は、地方公共団体の事務の一部を共同処理するため、規約を定め、都道府県知事の許可を得て、一部事務組合(市町村により構成)を設立することができるとしているが、右の趣旨は、事務処理上の能率または便宜からみて、他の地方公共団体と共同して処理する方がかえって合理的で望ましいという点にあるから、一部事務組合が設立された場合には、当該組合によって共同処理される事務は、関係地方公共団体の権能からは除外されると解するのが相当である(このことは、同条項後段において、一部事務組合を組織する地方公共団体につき、その執行機関の権限に属する事項がなくなったときは、その執行機関は、一部事務組合の設立と同時に消滅するとされていることからも明らかである。)。

そして、一部事務組合の設立には都道府県知事の許可が要件とされているから、一部事務組合は、右許可により成立するものであるところ、前示のとおり(1(一))、退職手当組合(一部事務組合)は、遅くとも、退職手当支給条例の制定された昭和三五年四月二一日には、広島県知事の許可を得て成立し、本郷町は、それ以前(同年三月二二日)に町議会において退職手当組合へ加入する旨の議決を経ているのであるから、本郷町は、遅くとも、同年四月二一日には、退職手当組合によって共同処理される退職手当に関する事務についての権能を失ったというべきである。

この点につき、被告は、地方自治法及び退職手当組合規約の規定を合理的に解釈すれば、退職手当組合規約に規定されていない事項(例えば、当該市町村に特有の事情によって、退職手当組合規約に上乗せして退職手当等を支給すること)は、組合を構成する市町村の独自の権限であり、適法に実施することができると解釈すべきである旨主張するが、被告の右主張は、独自の見解であって、採用することができない。

(二) さらに、本件支出の性質について検討するに、前示認定事実のとおり(1(三)ないし(六)、(八)、(九))、(1) 本件支出(報償費)は、協約、協定書及び優遇措置要綱において、「特別手当」と規定されていること、(2) 右特別手当は、予算上の区分としては「報償費」と取り扱われているものの、本郷町職員の退職時に支給されること、(3) 右特別手当の支給基準は、通常の退職金と同様、退職時の本俸を基礎としていることからすれば、本件において「報償費」名下に支出される公金は、支給要件、基準等において、実質的に退職手当組合から支給される退職手当と何ら異なるところはないから、右「報償費」は、退職手当組合から支給される退職手当に上乗せして本郷町から別途支給される退職手当とみるのが相当である。

この点につき、被告は、本件の報償費は、その形式的な意味からしても、また、その支払の実質的動機からしても、いわゆる退職手当ではなく、退職を契機として支払われる報償的支給の性格をもつものである旨主張するが、右主張は、前示認定、説示に照らし、理由がない。

また、被告は、本件の報償費は、その支払経過(支払期間、支払人数、支払額)からみて、本郷町の予算からするならば極めて僅かな金額であり、その支給理由からみて、殊更その違法性を今更取り上げるまでもない旨主張する。

しかしながら、公金の支払(本件支出)が違法である以上、支出の理由や金額その他の支払状況は、特段の事情のない限り、右違法性を阻却する事由とはなり得ないものであるところ、前示のとおり(1(四)、(六)、(九))、本郷町は、報償費として、(1) 協約に基いて、昭和五六年三月以降の退職者のうち、少なくとも七名の本郷町職員に対して、合計七七二万八〇〇〇円を、(2) 協定書に基づいて、四名の本郷町職員に対して、合計四四六万四四〇〇円を、(3) 優遇措置要綱に基づいて、本件支出の対象者(甲野太郎)を含む四名の職員に対して、合計六〇六万二六〇〇円をそれぞれ支給しているのであって、その金額は決して軽微なものとはいえず、右支給状況に照らせば、定年前に退職してもらうための償いという被告主張の支給理由を考慮しても、本件支出の違法性を阻却するに足りる特段の事情の存在を認めることはできない。

(三) したがって、本件支出は、実質的に退職手当の性質を有するものであるところ、退職手当組合の成立により本郷町にその支出権限がないにもかかわらずなされたものであるから、違法というべきである。

3 さらに、原告は、本件支出(報償費)は、地方自治法二〇四条の二に規定されている「給与その他の給付」に該当し、その支出には条例の規定が必要であるにもかかわらず、条例に基づかずなされたものであるから、同条に反し違法である旨主張するので、この点について判断する。

(一) 同法二〇四条の二は、普通地方公共団体がその職員に対して支給する給与その他の給付は法律により直接根拠を有するか、または法律の具体的根拠に基づく条例によって給与を支給する場合に限り、それ以外の一切の給与その他の給付の支給を禁じることにより、給与体系の適正化、公明化を図るため特に規定されているものである。

そして、本件支出(報償費)は、前示のとおり退職手当の上乗せ措置であり、また、これが、優遇措置要綱に基づくものとはいえ、条例に基づく支出とはいえないから、同条に違反し、違法な支出であるというべきである(なお、優遇措置要綱は、本郷町長が定めたものであるから、条例には当たらないこと、他に本件の報償費の支給を明確に定めた条例が存しないことは、被告の認めて争わないところである。)。

(二)  もっとも、被告は、特別手当(報償費)の支給は、正当な目的に基づいてなされており、また、本件支出が給与条例主義の例外であること、本郷町職員の定年等に関する条例六条の規定があること、特別手当(報償費)の支給の目的及びその経緯等に鑑みれば適法であり、地方自治法二〇四条の二に反しない旨主張する。

しかしながら、被告が給与条例主義にも例外が認められるとして引用する前記奈良地方裁判所判決は地方公共団体の長の専決処分に関するものであり、また、前記最高裁判所昭和三九年判決は、記念品の授受等社会通念上儀礼の範囲内である場合を特に許容するものであるから、いずれも本件と事案を異にし、本件に適切ではない。

この点につき、被告は、右最高裁判所判決の事案は、例示列挙であり、「社会通念上儀礼の範囲」にとどまる支給の場合に限定する必要はなく、本件支出も、給与条例主義の例外として適法である旨主張するが、右は被告独自の見解であって、採用することができない。

(三)  また、被告は、本件支出は本郷町職員の定年等に関する条例六条の規定(乙四)に基づいたものと解する余地がある旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、昭和三五年四月二一日に設立された退職手当組合が退職手当支給条例を制定し(甲三、右条例によれば、長期勤続後の退職者のうち、勧奨による退職者に対する優遇措置や定年前の早期退職者に対する特例などが設けられ、退職手当に関して遺漏なく定められている。)、本郷町は、遅くとも同日以降は、退職手当組合によって共同処理される町職員に退職手当に関する事項については、その権能を全く失っているものであるから(昭和六〇年に制定された本郷町職員の定年等に関する条例にはもとより退職手当に関する規定はない。)、本郷町に右権能のあることを前提として、右条例六条を根拠に本件支出が適法であるということはできない(仮に、本件支出が退職手当ではなく報償費であって、報償費の支出権限は退職手当組合の権能とは重複しないと解する余地があるとしても、優遇措置要綱は条例ではないから、これに基づく支出は給与条例主義に反するばかりか、報償費も地方自治法二〇四条の二にいう「給与その他の給付」に該当することが明らかであるから、その支出を違法であることを免れない。)。

(四)  さらに、本件の特別手当(報償費)が支給される目的及びその支給に至った経緯は前示のとおりであるが(1(三)、(五)、(七)、(八))、このことから、条例の根拠なく実質的に退職手当の性質を有する本件支出が適法であるということはできない。

すなわち、報償費が職員構成の適正化を図る目的で支給されるものであるとしても、前記(三)のとおり、定年前退職者や勧奨退職者に対しては、退職手当組合の退職手当支給条例により特別な手当が講じられているのであるから、一人本郷町のみが加算支給(お手盛り)をしなければならないとする合理的理由を見出すことはできない。

また、報償費が、当初、昭和五三年の本郷町町長と同町職員組合執行委員長との間の協約に基づくもので、その後、昭和六〇年の協定書を経て、平成三年の優遇措置要綱に引き継がれたものであるからといって(報償費支出の経緯については争いがない。)、本郷町町長が定めた右優遇措置要綱をもって、条例と同一の効力を有するものと解することはできない。

もっとも、被告は、報償費の支給は、右優遇措置要綱の制定の場合と同様、その都度、町議会の適法な議決を経ているものであるから、合理的な理由があり、違法な公金支出ではない旨主張する

しかしながら、普通地方公共団体の長には、議会を牽制する手段として拒否権が与えられており、議会の議決といえども、それが法令に反すると認めるときは、拒否権を行使しなければならないのであり(地方自治法一七六条四項)、長の右職責に照らせば、本郷町の町長である被告が、自ら、条例に基づかない本件の報償費を予算として提出し、これにつき、同町議会の議決を経たからといって、右支出行為に合理的理由があるとか、違法性がないと評することはできない(なお、同町議会の議決の過程において、本件支出に関し、特段の説明や討議がなされた形跡のないことは、後記三1(三)のとおりである。)。

(五)  したがって、本件支出が給与条例主義の例外であること及び特別手当(報償費)の目的及びその経緯等からみて、本件支出の適法性をいう被告の右主張は、いずれも理由がない。

(六)  加えて、前記認定の事実(1(五)、(八))及び証拠(甲三、乙一、三、五、証人中山光生)によれば、本郷町は、本郷町職員が定年年齢に至る前に退職する場合、退職手当組合に対し、整理退職事由がないにもかかわらず、整理退職扱い(普通退職の場合に比べて退職手当が上乗せされる、退職手当支給条例五条)として虚偽の報告をし、その上乗せ分については、本郷町が、「負担金補助金及び交付金」という予算区分で負担し、これを退職手当組合に対して支出していることが認められ、これによれば、本郷町は、定年年齢に至る前に退職する町職員に対して、条例の根拠もなく、長年にわたり、さらなる退職手当の上乗せ措置(お手盛り)を講じて本件支出をなし、公金を違法に支出したものであるというべきである。

4  よって、いずれにしても、本件支出は地方自治法二〇四条の二に違反する違法な公金の支出であるというべきである。

三  被告の責任の有無

原告は、被告に故意または過失が認められることから、前記の違法な公金支出について責任を負うべきである旨主張し、これに対し、被告は、本訴請求の実体法上の根拠規定は地方自治法二四三条の二第一項後段であるから、主観的要件として被告の故意または重過失が必要であるところ、被告にそのいずれも認められない本件では、被告は責任を負わない旨主張するので、この点について判断する。

1  証拠(甲一ないし三、乙一、五、七ないし一〇、証人中山光生)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、平成五年一〇月一八日、本郷町町長に就任した。

(二)  被告は、本件支出を含む平成七年度本郷町一般会計補正予算(七号)につき、本件支出は退職職員に対して慣例的に支出されているものであること、その根拠は、優遇措置要綱であること等について説明を受けたうえ、平成七年一二月一三日、本郷町定例議会に、右補正予算を提出した。

(三)  本件支出は、前項の定例議会において、何ら質疑応答なされず、また、被告あるいは本郷町職員から、書面あるいは口頭での説明もないまま、平成七年度本郷町一般会計補正予算(第七号)として可決された。

(四)  総務課長であった中山光生は、平成七年一二月二六日、本件支出が地方自治法二〇四条の二に違反する旨の指摘がなされていた例月出納検査結果報告書(総務課文書受付番号一一三七号、以下、「本件報告書」という。)の回覧を受けたため、収入役及び被告とともに、右報告書についての対応を検討したが、本件支出の根拠として優遇措置要綱が存在すること及び定例議会において可決されていること((三))から、問題はないものと考え、その旨町議会議長に報告し、そして、被告は、遅くとも同月二七日には右報告書を決裁した。

(五)  被告は、同月二七日、本件支出につき支出命令を発し、同月二八日、右命令に基づき、本件支出がなされた。

(六)  被告は、本件訴訟に先立つ平成八年二月二三日付監査結果において、本件支出が地方自治法二〇四条の二に照らして適法であるとはいえない旨の指摘を受け、さらに、同日付で、本郷町監査委員から、臨時議会の議決を尊重して適正な事務の執行に努めるようにとの要望を受けたが、現在まで何ら措置を講じなかった。

2 ところで、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づく損害賠償の代位請求訴訟においては、当該普通地方公共団体の長は、同法二四三条の二第一項所定の職員に含まれず、普通公共団体の長の当該公共団体に対する賠償責任については、民法の規定によるものと解するのが相当である(前記最高裁判所昭和六一年判決)。

そして、普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体の条例、予算その他の議会の議決に基づく事務その他公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し執行する義務を負い(同法一三八条の二)、予算についてその調整権、議会提出権、付再議権、原案執行権及び執行状況調査権等広範な権限を有するものであるから(同法一七六条、一七七条、二一一条、二一八条、二二一条)、それに伴う高度の注意義務を負うものというべきところ、前示認定の事実関係によれば、(1) 被告は、本件支出を含む予算案を町議会に提出する際、本件支出の根拠として優遇措置要綱が存在する等の前記説明(1(二))を受けたのみで、本件支出が地方自治法二〇四条の二に違反することにつき何ら意識することなく、漫然と、右予算案を町議会に提出し、議決を受けたこと、(2) 被告は、遅くとも平成七年一二月二八日の本件支出の前に、監査委員から、本件支出が地方自治法二〇四条の二に違反する旨の指摘を受けていた(1(四))にもかかわらず、町議会の議決を経ていること等を理由に、本件支出が違法ではないものと速断し、そのまま本件支出を容認したこと、(3) 被告は、本件支出後も、本件報告書において報償費の支出が適法でないとの指摘に対して、何ら措置を講じなかったことが認められる。

右認定の本件支出に至る被告の一連の行為は、地方公共団体の長としての職責に伴う高度な注意義務に違反して敢行された違法な行為として、過失による不法行為を構成するものというべきであるから、被告は、本件支出により本郷町に生じた後記四の損害を賠償する責任を免れない。

四  損害額

証拠(甲二、乙六、八)によれば、本件支出により、本郷町に生じた損害額は、金一八四万一六〇〇円であると認められる。

五  以上の次第であるから、原告が、本郷町に代位して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金一八四万一六〇〇円及びこれに対する本件訴状の送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成八年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるというべきである。

六  よって、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用し、仮執行宣言は、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松村雅司 裁判官金村敏彦 裁判官髙橋綾子)

別表〈省略〉

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